‘情報交歓広場’ カテゴリーのアーカイブ

学習会報告 NO1

2014年1月4日 土曜日

平成25年7月機関誌「せたかい」65号配布の時に学習会に関するアンケートを募集したところ10名の会員の方から回答があった。

このアンケートの結果を受けて、9月6日に第1回目の顔合わせ会を世田谷がやがや館で行った。当日はアンケート回答者7名と事務局から5名が出席して、学習会の目的を会員同士の意見交換を通じて歴史愛好家としてレベルアップの場とすることを決めた。そして各人が持っている関心課題を集約してこの中から1~2件を研究テーマに決めて、毎月1回集まって意見交換をすることにした。

これまで4回開かれた会合で「世田谷の古道」を今後の研究テーマの軸にすることを提案したが、この時「玉川用水」も古道との関わりがあるので研究テーマに加えたいとの意見もあったので結局「品川用水」と「世田谷の古道」を学習テーマにする方向で意見が集約された。そしてこれまでは各人が持っている知識や考え方の披瀝と意見交換が続いたので、これからは研究の場へと一歩すすめることとして、ほぼ集約されたテーマを一旦『古道』と『品川用水』の二つに絞ることにした。しかし「品川用水」の研究についてはメンバーの中で既に或るレベルに達していてそのメンバーで研究を続けられるので、用水を古道の一形態とみて、学習会のテーマは「世田谷の古道」一本に集約することに決定した。

古道研究のリーダーとして濵中顧問が就任し馬場会員がサブリーダーとなり本格的な活動が開始されることになった。事務局は従来通り区誌研究会理事が担当する。

このような経緯を経て『世田谷の古道』をテーマに選定したが、さらに具体的な詳細テーマとして『滝坂道』が取り上げられた。この研究に先だって実地検証として「滝坂道実地検分」を実施することになった。 

平成25年12月26日「滝坂道実地検分」が会員と事務局総勢14名参加の下で行われた。当日は午前10時に京王線渋谷駅中央改札口に集まってから道玄坂上交番前まで移動して、ここを起点としてほぼ中間地点に近い経堂駅までの約7キロを3時間かけて踏破した。途中若林近くで昼食休憩をとったために経堂駅到着は午後2時を回っていた。

一旦解散後駅近くで反省会をした。その席上折角道半ばまで歩いたのでできるだけ早く後半を歩こうということになり、年明け後の1月23日に経堂駅から先を歩くことになった。 

以下に滝坂道道中にその面影をしのばせる写真を掲載します

石橋供養塔          松見坂不動尊

     

駒場野公園           〆切地蔵

      

淡島通り             筑波大学付属駒場中高校

      

騎兵第一聯隊跡(慰霊碑)     北沢川緑道(烏山川との分岐点)

      

北沢川と淡島通の交差地点の地蔵尊  太子堂中学校プール建物の壁画

       

世田谷区役所跡(現・環7コジマ若林店) 松原宿跡

       

 

 

 

 

 

世田谷生涯現役ネットワークプロジェクト行事に参画

2013年11月10日 日曜日

去る平成25年11月7日世田谷区地域福祉部生涯現役推進課の共催で、世田谷生涯現役ネットワークプロジェクトが主催する「せたがやの小京都」烏山寺町の散策会を世田谷区誌研究会が企画して行われました。今回は世田谷区内の各公共施設に募集用紙が置かれたうえ、世田谷ウオーキングフォーラムが協力するということでこの会が定期的に主催する歩こう会でも募集案内が行われました。

当日は50名の募集に対して雨模様であったことも影響して43名の参加がありお世話役の世田谷区誌研究会メンバー9名を合わせ総勢52名で実施されました。

定刻13時30分に世田谷区誌研究会新川副会長の挨拶のあと烏山区民センター前を出発して妙壽寺―高源院―専光寺―稱往院―幸龍寺―玄照寺―多聞院―妙高寺と廻って16時出発地の烏山区民センタに無事帰着、世田谷区誌研究会武居理事が挨拶をして解散しました。

今回は妙壽寺では本堂と世田谷区有形文化財の客殿に上がって見学ができました。その他はすべて外からの見学でしたが妙壽寺を含めすべての見学先で世田谷区誌研究会の奥野理事の周到な準備により説明を受けることができました。

これを機会に参加された方々には世田谷区誌研究会への入会をお勧めします。

以下当日のスナップ写真を掲載しますのでご覧ください。(写真画面をクリックすると写真が拡大して見られます。尚戻るときはパソコン左上の矢印で前の画面に戻してください。)

烏山区民センター広場で出発前の説明  妙壽寺客殿に入る見学者

        

妙壽寺本堂             妙壽寺客殿の様子

        

高源院にて          専光寺・喜多川歌麿の墓前

       

稱往院・蕎麦の碑         幸龍寺境内にて

       

玄照寺本堂           玄照寺・戸川家墓前

      

多聞院境内          妙高寺本堂前

       

妙高寺今村紫江・速水御舟墓前     烏山区民センター前にて解散挨拶

        

 

駒沢給水塔風景保存会とホームページをリンク

2012年12月14日 金曜日
フォトギャラリーNO4でご紹介した駒沢給水塔を保存するためのに活躍中の駒沢給水塔風景保存会とホームページを通じてリンクする事になりました。
追って正式にリンク先として固定箇所に記載しますが,取り敢えず本欄を持ってご案内いたしますので,下記アドレスにジャンプしてご覧ください。
 

奥沢神社の鳥居に巻き付いている大蛇が架け替えられました

2011年9月10日 土曜日

9月10日・11日には奥沢神社の例大祭が行われますが,それに先だって4日に鳥居に巻き付いている大蛇が架け替えられました。この大蛇には次のような伝説があります。

江戸時代の中頃、奥沢の地に疫病が流行して、病に倒れるものが多かった。
その時に、この村の名主の夢枕に八幡大神様が現れて、「藁で作った大蛇を村人が担ぎ村内を巡行させると良い」というお告げがあったと言います。
早速、新藁で大きな蛇を作り村内を巡行させたところ、たちまちに流行疫病が治ったという言い伝えがあったそうです。

これが厄除の大蛇として鳥居にからまり、大蛇お練りのお祭りとして現在に伝わっています。
(玉川村名所物語より転載)

以前は数年毎に架け替えをしていたとの事ですが,最近は毎年行われるようになりました。現在世田谷区無形民俗文化財に指定されています。

当日は地元の氏子総出で作業が行われました。作業は今まで架かっていた大蛇を昨年作った大蛇と交換します。

大蛇の架け替え風景

一方今年作られる大蛇は群馬県から取り寄せられた麦わらを使って作られます。

新しい麦わらで大蛇本体だけでなく,祭り当日奥沢の町中を練り歩く大蛇神輿のロープも練り上げられます。

      

中でも一番興味をもって見る作業は大蛇の頭を作る作業です。

      

      

    

完成した大蛇は本殿に運び込まれお祭り当日大蛇お練りに備えます。

   

作業は大蛇本体の他,子供神輿に使われる大蛇の頭やそのためのロープと夕方遅くまで作業は続けられました。

      

(以上投稿者  ホームページ担当の 黒瀬でした)

我が世田谷区誌研究会が「歴史読本」で紹介されました

2011年3月26日 土曜日

歴史書の老舗 新人物往来社が発行する 「歴史読本」5月号に世田谷区誌研究会が紹介されました。歴史読本では「我ら歴史好き」と称して研究会を訪問するページを設けてその8回目に掲載するために,当会のホームページを通して取材申込みがありました。2月19日に定例役員会が開催されましたので,終了後下山会長以下ほぼ全役員が同席して取材を受けました。

是非本誌に目をお通し頂き,友人・知人にもご紹介くださるようお願いいたします。

表紙の写真

新しいコーナー「情報交歓広場」を設けました

2011年1月20日 木曜日

ホームページを公開してほぼ半年が経過しました。これまでに1300件を超えるアクセスがあり,又お問合せメールを通じて貴重な情報をお寄せくださった方も居られました。これからもこのホームページを多くの方にアクセスしていただくために,新たに「情報交歓コーナー」を設けました。「交換」でなく敢えて「交歓」にしたのは情報交換を通じて喜びを分かち合うことを意味しています。ホームページをご覧になった歴史に興味がある方が,世田谷に限らず歴史に関係した講演会.展覧会.書籍.映画等の情報,或いは史跡を訪ねる旅行記や感想等自由に書き込んでいただく(写真も載せられます)ための「お得情報コーナー」にしますのでどしどしご利用ください。 この欄のコメント欄或いはこのカテゴリーに掲載してある情報のコメントを開いてご記入願います。        

 尚,申し上げるまでもありませんが,このコーナーは特定の個人や企業の広告宣伝をする場所ではありませんので,万一そのような書込みがありましたときには管理者においてお断り無しに削除させていただく場合があります。また,場合によっては一部文章を編集させていただくことがありますことをご理解ください。                                          是非楽しい情報をお寄せくださるようホームページ管理者一同こころよりお待ちしています。