‘講演会’ カテゴリーのアーカイブ

世田谷区教育委員会後援 講演会の報告

2017年12月15日 金曜日

日 時  平成29年11月29日(水)  午後1時30分~3時30分

会 場  三茶しゃれなあどホール  オリオン(5階)

演 題  幕末・維新の世田谷

講 師  濱中正之氏(生涯大学専任講師・当会顧問)

参加者 71名(内一般の方5名)

 

古い日本から新しい日本へと変革する時期を、「西欧との出会い」「アヘン戦争」「雄藩の改革」「ペリー(黒船)来航」「日本の開国」「幕府の崩壊と新政府の樹立」と六項目に分けて、世田谷との関連でお話を頂戴した。

その一部です。

1850(嘉永3)年11月21日に、井伊直弼が13代彦根藩主となる。その3年後の1853 (嘉永6)年6月3日、ペリー艦隊4隻が浦賀に来航。

その翌日4日には、外輪式蒸気フリゲート艦ミシシッピー号援護の下、測量船が江戸湾内に入る。羽田沖12丁(約1.3㎞)まで侵入。日本との軍事力の格差を認識した幕閣は、6月5日米国の国書受取りを決断し、9日には久里浜で国書を受領。彦根藩2300人・川越藩360人、会津・忍は番船を出して警護にあたる。

さらに同日午後には、ペリー艦隊が江戸湾に侵入し水路測量を行う。世田谷領から人足1,980人、馬396匹が動員される。

世田谷への影響

1853年8月 質素倹約の儀 異国船渡来に付莫大の物入あるに付わきまえるの事

9月 品川沖に台場築立工事開始。明俵70俵を太子堂村より差出す。

11月 井伊藩、羽田・大森周辺の台場の警備を命じられる。

翌1854 (嘉永7・安政元)年1月にペリーが再来航した時には、急送の人足168人、駄馬30匹、名主世話人7人が世田谷井伊領20ヶ村に割り当てられた。このほか神奈川御出馬御用として人足509人、馬36匹。

さらに、上目黒村の御鷹場役所からも御兵糧方人足の供出を命じてきた。「井伊領の村々は、15歳から60歳までの者を残らず差出しても、なお足りなく、一部は雇上げまでしなくてはならない有様で、これ以上の人足割賦を受けることは死活問題である」と御鷹場役所に免除方の嘆願書を出している。

受付

受付

会長挨拶

会長挨拶

 

 

 

 

 

 

講義

講義

講義

講義

世田谷区教育委員会後援 講演会のご案内

2017年10月19日 木曜日

日 時  平成29年11月29日(水)  午後1時30分~3時30分予定

会 場  三茶しゃれなあどホール  オリオン(5階)
(世田谷区民会館別館) 太子堂2-16-7 TEL3411-6636
(交通)田園都市線・世田谷線三軒茶屋駅下車、徒歩3分

演 題  幕末・明治維新期の世田谷

講演要旨
弘化4年(1847)彦根藩は相模国の海岸警備(相州警衛)を幕府から命ぜられ、三浦半島沿岸の警備に当たることとなった。相州警備にかかる負担は、彦根藩に取って大きな痛手であり、藩の財政を圧迫した。また、世田谷領の村々は、御用荷物輸送のための人馬差出を一手に引き受けなければならず、農民にとって負担が大きかった。その上、藩財政の悪化で、御用金の上納が命じられるなど、二重・三重に影響がのしかかってきた。
彦根藩主井伊直弼が大老に上ると、「開国」、「安政の大獄」とその反動としての「桜田門外の変」など世田谷領の村々も大きな影響を受けた。公武合体による「皇女和宮の降嫁」、「長州征討」、「農兵の徴募」、「散兵調練所反対一揆」、「戊辰戦争」などの激動を経て、明治維新政府が樹立される。
新体制の下、極東の小国から欧米列強に追いつく「富国強兵」策が進められた。世田谷にも、公立小学校が設立され、鉄道が敷設されるなど、近代化の波が押し寄せてきた。
かつて江戸の近郊農村であった世田谷が住宅地に変貌した経過を、世田谷の資料を中心に探ってみようと思う(講師)。

講 師  濱中正之氏(生涯大学専任講師・当会顧問)

資料代 会員500円 、一般700円

※出席の申込は不要です。

               世田谷区誌研究会

世田谷区教育委員会後援・講演会のご報告

2017年7月29日 土曜日

当日は、79名(うち一般の方7名)の方が参加されて、開催されましたのでご報告します。

日 時 平成29年7月12日(水)  午後1時30分~3時30分

会 場 三茶しゃれなあどホール  オリオン(5階)

(世田谷区民会館別館) 太子堂2-16-7 TEL3411-6636

講 師 今野慶信氏(新宿歴史博物館・学芸員)

演 題 中世江戸氏について

(講演要旨)

江戸時代初期、世田谷区喜多見に陣屋を構えた喜多見氏は、中世武蔵国の有力武士団 秩父平氏一族である江戸氏の末裔と言われている。

喜多見氏は、戦国時代から世田谷吉良氏の家臣「江戸氏」として登場してくるが、今回はその前段階である平安時代末期から鎌倉時代における鎌倉御家人としての動向と、多摩川下流域に活動を拡げていく南北朝時代における動向を中心にお話しを頂戴した。

平家物語長門本・義経物語巻三・太平記西源院本など参考資料も多く、江戸氏について知識を深めることができた。

 

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総会と世田谷区教育委員会後援講演会のご報告 

2017年5月19日 金曜日

総会と世田谷区教育委員会後援の講演会のご報告をいたします

総会 平成29年5月19日(金)午後1時30分~2時00分

世田谷区太子堂2-16-7 TEL3411-6636

三茶しゃれなあどホール  (世田谷区民会館別館)  オリオン(5階)において会員46名が参加して総会が開かれました。

総会に引き続き午後2時30分~13時30分

高嶋修一氏(青山学院大学経済学部教授)により

土地整理がもたらした現代社会」と題して下記趣旨の講演会は46名の参加があって開かれました。

講演要旨

両大戦間期の都市化においては、鉄道会社による開発の重要性がよく強調される。しかし近郊農村は無人の荒野だったわけではなく、そこには在来の地域社会秩序と人々の暮らしがあった。そして人々は鉄道会社の進出を拱手して見ていた訳ではなく、自らも開発利益を得ようと積極的な動きをみせた。その手段が、土地整理(耕地整理/土地区画整理)だったのである。

土地整理の結果、在来の人々が農業を止めて貸家経営を行うようになったり、整理後の土地にサラリーマンなど「新中産階級」と呼ばれた人々が流入したりしてくれば、従来の社会秩序は変容を余儀なくされる。それは明治期に形成された「近代社会」から、「現代社会」への変化とも総括され得るものであり、土地整理は近郊農村にとって重要な歴史的意義をもつ出来事であった。

今回は、とりわけ世田谷区域で行われた玉川全円耕地整理事業に注目し、事業がいかなる意味で地域社会を「現代」化させたのかを論じることとする。

資料代   会員500円 、一般700円

当日の様子

会長挨拶の様子

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熱心に講演をする高嶋修一講師

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会場の様子

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 (世田谷区教育委員会後援)  講演会のご報告

2017年3月10日 金曜日

世田谷区教育委員会後援の講演会が参加者97名(会員参加者80名、一般参加者17名)の下で開催されましたのでご報告します。

日  時   平成29年3月6日(月) 午後1時30分~3時30分

会  場  三茶しゃれなあど(世田谷区民会館別館) オリオン(5階)

講  師  安藤優一郎氏 (歴史家・文学博士)

演  題   参勤交代の真実

講演要旨

長い大名行列に象徴される参勤交代は、時代劇や時代小説でも良く取り上げられる題材だが、その実態はほとんど知られていない。本講演では、道中で起きた様々な事件を通して、参勤交代の実像と虚像を解き明かしていただく。

以下講演会の様子

受付の様子         熱心に講義をする安藤講師

     

以下会場の様子

     

     

世田谷区教育委員会後援 「学校建築から見た世田谷の教育事情」講演会報告

2016年11月24日 木曜日

 

平成28年11月24日(木) 午後1時30分~3時45分   北沢タウンホール(北沢区民会館) 第一・第二集会室(2階)に於いて下記講演会が開催されました。当日は昭和37年以来54年ぶりの早い初雪に見舞われたために足元の悪い中26名が聴講に集まった。

 

演  題 「 学校建築から見た世田谷の教育事情」

講  師  濵中正之氏 (生涯大学専任講師・世田谷区誌研究会顧問)

講演要旨

戦後、中学校の建設を進める力はまだ自治体になく、校舎不足は2部授業など、児童生徒の学習に大きく影響していた。東京オリンピックを過ぎるころから、鉄筋コンクリート造の校舎が建設され始める。その校舎の耐用年限が近づき、学校改築が焦眉の急となる。その時期に重なって、「総合的な学習」の導入が論議される。

その新しい学習を可能とする学校の改築が始まり、オープンスペースを持つ校舎が建設される。その校舎でどのような特徴を持つ教育が行われているのであろうか。

我々の世代の教育との違いを見ていく。

当日の模様

阿部理事による講師紹介    新川会長挨拶

     

パワーポイントによる講演会の様子

     

 

世田谷区教育委員会後援 「 鉞子に学ぶ 歴史に学ぶ」講演会ご報告

2016年7月15日 金曜日

世田谷区教育委員会後援 講演会のご報告

平成28年7月15日(金) 午後1時30分より 烏山区民会館(烏山区民センター) 3階集会室において

41名の出席の元講演会がおこなわれました。

講  師   内田義雄氏 (ジャーナリスト・元NHKニューヨーク特派員)

演  題  「 鉞子に学ぶ 歴史に学ぶ」

 

当日の様子

受付の様子         中井理事より開会挨拶

    

新川会長の挨拶      講演中の 内田義雄講師

    

会場の様子         資料を紹介する内田義男講師

    

 

 

総会と(世田谷区教育委員会後援)講演会のご報告

2016年5月14日 土曜日

 

平成28年5月13日(金)午後1時30分より烏山区民会館 3階集会室(烏山区民センター)にて

総会と講演会が下記のとおり行われましたのでご報告します。

総 会  午後1時30分~2時30分   総会出席会員69名

講演会  午後2時30分~4時       講演会出席者75名(会員69名、一般参加者6名)

講 師   下山照夫氏 (当会・名誉会長)

演  題  旗本吉良

(要旨) 中世、世田谷領主八代吉良氏朝は天正18年(1590)、小田原征伐にさいし、徳川家康に降伏した。その子頼久は初代旗本で蒔田を名乗り、徳川氏より千葉県長生郡睦合村に知行地1125石を与えられた。その子義祇、義勝、義成,

五代義俊の時世に幕府より蒔田姓から吉良姓に復し、かつ高家を仰付けられた。

かくて吉良義発、義方十一代義常は大島家より養子に入ったが子孫なく絶家となったので、旧家臣団の鈴木家の娘花子が名跡をついでいる。墓所は勝光院。

講師所蔵の貴重な「旗本吉良の古文書」の展示がありました。

総会の様子

新川会長の挨拶       市川理事決算報告

_MG_8289    02市川理事(決算報告)

中村監査より監査報告    内山副会長より事業計画発表

03中村監査役(監査報告)    04内山副会長(事業計画提案)

役員紹介の様子      総会議題は拍手を持って承認可決

_MG_8322    05議案を拍手で承認

引き続き行われた下山名誉会長による講演会の様子

講師下山名誉会長紹介   講演中の下山講師

06内山副会長(下山名誉会長を紹介)    _MG_8359

熱心に講演聞く会場の様子  資料見学の様子

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世田谷区教育委員会後援 講演会のご報告

2016年3月9日 水曜日

3月9日(水) 午後1時30分より 世田谷区民会館別館(三茶しゃれなあど) 5階会議室(オリオン)に於いて世田谷区教育委員会後援の講演会がおこなわれました。

参加者は120名(会員90名、一般30名)でした。

講  師   本郷和人氏  東京大学史料編纂所 教授、文学博士

演 題 真田幸村を考える

真田幸村が歴史的には「信繁」という名前だったことは、よく知られている。

だが、実は彼がどういった人物だったのか、何を考え、どう行動したのかが、よく分からないのである。

そこで今回は、「物語」としての真田幸村ではなく、歴史学的見地からどこまで幸村の魅力に迫れるかを楽しんでいただきたいと言う趣旨でお話があった。

講演会の様子をご報告します。

会場受付の様子          会長挨拶

      

中井理事の司会          本郷講師講演の様子

      

会場の様子             会場の様子

      

 

 

 

世田谷区教育委員会後援 「古代武蔵の国司と地方豪族」  講演会報告

2015年11月28日 土曜日

世田谷区教育委員会後援の講演会のご報告をします。

平成27年 11月27日(金) 午後1時30分~3時30分  烏山区民会館 3階集会室 (烏山区民センター)において世田谷区教育委員会後援の講演会があり会員52名一般の方7名合計59名の参加がありました。

講師 中村順昭氏 (日本大学文理学部教授・文学博士)

演  題  「古代武蔵の国司と地方豪族」

※講師から前もって頂いた講演要旨

10世紀前半、武蔵国司と足立郡司の対立があり、それに平将門が介入したことが、将門の乱の一つの契機になりました。都から派遣される国司と現地の豪族である郡司との間にはさまざまな葛藤がありました。

国司と郡司を中心に、奈良・平安時代の武蔵国について考えます。

会場の様子

会場受付の様子          内山副会長が挨拶

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熱心に講義を聞く会場の様子

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