世田谷区教育委員会後援 総会と講演会のご案内

2018年4月21日

日 時 平成30年5月16日(水)

総 会 午後1時30分~2時10分 予定 (会員のみ)

講演会 2時20分~3時30分       (会員と一般の方)

会 場 烏山区民会館(烏山区民センター内) 3階集会室
     南烏山6-2-19 TEL3326-3511
     (交通)京王線「千歳烏山」駅下車、徒歩2分

演 題 キリシタン禁制と宗門人別改め

(講演要旨)
徳川幕府の恐れたのはキリスト教の繁栄であった。
日本仏教は教義が異常に難しかった。キリスト教は、明るく楽しく万人から愛された。幕府は、邪宗教として厳しく取り締まった。
キリスト教は、悪性の病人を優しくあたたかく介護した。幕府は、村民がキリスト教信者でない証拠として、万人を寺院の檀信徒に強制した。これが寺請制度であり、宗門人別帳である。
ここに寺院の檀信徒制度が確立したのである。

講 師:下山 照夫氏(当会名誉会長)

資料代 会員500円 、一般700円

※出席の申込は不要です

世田谷区後援 史跡散歩~「武蔵野春緑・み仏おはす深大寺」の報告

2018年4月21日

コース 深大寺城跡(水生植物園内) -深大寺 -国立天文台

・実施日 平成30年3月29日(木)・

・参加者  合計71名(会員45名、一般26名)

午後12時45分、京王線調布駅の1階広場に集合。

当初、国立天文台から回る予定であったが、深大寺見学時間との関係で、深大寺城跡・深大寺・国立天文台と逆に回ることになった。

路線バスに分乗して、まず水生植物園内にある深大寺城跡へ。城は、第一廓から第三廓に分かれているが、現状から当時の面影を想像するのは難しい。しかし当会濵中顧問から説明を頂き理解を深めることができた。

次いで深大寺では、5班に分かれて、調布市観光協会のガイドさんにお世話になる。平成29年に国宝に指定された「銅造釈迦如来倚像=白鳳仏」をはじめとして、本堂・元三大師堂・鐘楼など寺内のポイントを回りいろいろお話を聞く。

その後歩いて国立天文台へ。2班に分かれて見学。第一赤道儀室は、三鷹の中では一番古い建物とかで、口径20cmの屈折望遠鏡を見学。天文台歴史館では、日本最大の屈折望遠鏡(後継65cm) などなど、技術者の方から専門的に、しかしユーモアを交えた説明を頂戴した。

そして4時半過ぎに現地解散となった。

深大寺城跡

深大寺城跡

深大寺境内

深大寺境内

深大寺本堂

深大寺本堂

国立天文台第一赤道儀室

国立天文台第一赤道儀室

世田谷区教育委員会後援 講演会の報告

2018年3月24日

日 時 平成30年3月9日(金)  午後1時30分~3時00分
会 場 三茶しゃれなあどホール  オリオン(5階)
演 題 神と仏と日本人
講 師 宮田 修氏(千葉県熊野神社宮司・元NHKアナウンサー)
出席人員 合計64名(うち一般の方9名)

(講演要旨)
大学を卒業して37年間報道一筋のアナウンサーとして働いてきたが、55歳の頃千葉の茂原に近い長南町でお世話になっていた宮司が亡くなり跡を継ぐことになった。通信教育で神官の資格をとり、60歳で地元熊野神社の宮司となった。
わが国には神社本庁に所属する神社だけで8万社あり、神主の資格を持つ神官は2万人にとどまっている。神主不足で自分も実は37社の神主を兼務している。人の住む集落には必ず社があるが、これは日本人のコメつくりと深いかかわりがある。共同体でみんなが食べるコメが豊作である様に祈ったところから神道ははじまっている。
4世紀ごろ朝鮮半島を通じ仏教がもたらされるが、仏教は経典をもとに国を治める宗教として日本に入ってきた。でも日本人は考え方が柔軟で,「習合」という形で両方を受け入れ発展させた。一神教の世界では考えられない融合の状況を作り上げた日本の先祖は素晴らしいと思う。神道をはじめ武道、弓道、茶道、華道、相撲道と、道のつく伝統文化はやはり素晴らしい。

受付

受付

講師

講師

質問

質問

世田谷区後援 史跡散歩『冬日散策=鵜ノ木光明寺から池上本門寺へ』の報告

2017年12月15日

・実施日  平成29年12月6日(水)

・集合場所 東急多摩川線・鵜の木駅改札口 午後1時00分集合

・参加者   合計44名(内一般の方9名)

・参加費  会員300円、一般500円

 

・コース

鵜の木駅-鵜ノ木松山公園-(天明家屋敷)-増明院-光明寺-(六郷用水跡を池上へ)

徳持神社-池上本門寺(五重塔・墓地・大堂・本殿 など)-池上駅

 

まず近くの鵜ノ木松山公園にて、行程を説明して出発。

途中光明寺では、ご住職の話をお聞きできる予定であったが、用事のためお会いできなかった。しかしわざわざカラー刷りの資料を全員に頂戴した。

鵜ノ木から池上へは、六郷用水路跡をたどって進んだ。

池上では、まず徳持神社にお参りした。その上を素足で歩くと健康になるとのことで評判の健康参道があった。

池上本門寺では、96段の石段があるが、大田区会館のエレベーターを利用して上がった。

池上本門寺は、拝観するところが多い。

五重の塔・幸田露伴のお墓や力道山墓地も訪ねた。そして大堂(祖師堂)にお参りして、川端龍子の遺作となった龍の天井画も拝観した。大堂前で参加者一同集合写真を撮り、あと本殿(釈迦堂)にお参りし、本門寺で解散となった。

 

鵜ノ木松山公園出発前の説明

鵜ノ木松山公園出発前の説明

会長挨拶

会長挨拶

増明院

増明院

光明寺本堂前

光明寺本堂前

徳持神社

徳持神社

本門寺総門

本門寺総門

本門寺五重の塔

本門寺五重の塔

本門寺力道山墓地

本門寺力道山墓地

本門寺大堂前

本門寺大堂前

世田谷区教育委員会後援 講演会の報告

2017年12月15日

日 時  平成29年11月29日(水)  午後1時30分~3時30分

会 場  三茶しゃれなあどホール  オリオン(5階)

演 題  幕末・維新の世田谷

講 師  濱中正之氏(生涯大学専任講師・当会顧問)

参加者 71名(内一般の方5名)

 

古い日本から新しい日本へと変革する時期を、「西欧との出会い」「アヘン戦争」「雄藩の改革」「ペリー(黒船)来航」「日本の開国」「幕府の崩壊と新政府の樹立」と六項目に分けて、世田谷との関連でお話を頂戴した。

その一部です。

1850(嘉永3)年11月21日に、井伊直弼が13代彦根藩主となる。その3年後の1853 (嘉永6)年6月3日、ペリー艦隊4隻が浦賀に来航。

その翌日4日には、外輪式蒸気フリゲート艦ミシシッピー号援護の下、測量船が江戸湾内に入る。羽田沖12丁(約1.3㎞)まで侵入。日本との軍事力の格差を認識した幕閣は、6月5日米国の国書受取りを決断し、9日には久里浜で国書を受領。彦根藩2300人・川越藩360人、会津・忍は番船を出して警護にあたる。

さらに同日午後には、ペリー艦隊が江戸湾に侵入し水路測量を行う。世田谷領から人足1,980人、馬396匹が動員される。

世田谷への影響

1853年8月 質素倹約の儀 異国船渡来に付莫大の物入あるに付わきまえるの事

9月 品川沖に台場築立工事開始。明俵70俵を太子堂村より差出す。

11月 井伊藩、羽田・大森周辺の台場の警備を命じられる。

翌1854 (嘉永7・安政元)年1月にペリーが再来航した時には、急送の人足168人、駄馬30匹、名主世話人7人が世田谷井伊領20ヶ村に割り当てられた。このほか神奈川御出馬御用として人足509人、馬36匹。

さらに、上目黒村の御鷹場役所からも御兵糧方人足の供出を命じてきた。「井伊領の村々は、15歳から60歳までの者を残らず差出しても、なお足りなく、一部は雇上げまでしなくてはならない有様で、これ以上の人足割賦を受けることは死活問題である」と御鷹場役所に免除方の嘆願書を出している。

受付

受付

会長挨拶

会長挨拶

 

 

 

 

 

 

講義

講義

講義

講義

世田谷区後援 バス見学会「北茨城・五浦海岸方面を巡る」のご報告

2017年11月22日

実施日  平成29年11月15日(水)

参加人員 合計67名(うち一般の方23名)

コース  野口雨情生家・記念館~(昼食)五浦観光ホテル別館大観荘~

岡倉天心遺跡=六角堂・天心邸~天心記念五浦美術館(特別展)

天心美術館の特別展=開館20周年記念・龍を描く~天地の気

※東急田園都市線の事故により出発が遅れ、帰路は渋滞で、

午後8時00分頃帰着

雨情の生まれた家

雨情の生まれた家

雨情生家内部

雨情生家内部

雨情記念館内

雨情記念館内

昼食会場会長挨拶

昼食会場会長挨拶

ホテル内から六角堂・右下

ホテル内から六角堂・右下

六角堂

六角堂

天心邸

天心邸

天心美術館内

天心美術館内

世田谷区後援  せたがや生涯現役ネットワークプロジェクト主催「世田谷をもっとよく知ろう」(第5回報告)

2017年11月22日

今年は、「緑の住宅街・成城を巡る」のテーマで実施された。事業主体は、世田谷区誌研究会と世田谷ウオーキングフォーラムである。

一般区民の方が対象で、今回の参加者は理事を含めて合計27名。地元の中川清史氏と松田 宏氏のお二人にご参加いただき、案内・説明など大変お世話になった。

◇実施日 平成29年11月8日

◇コース  13時集合~16時30分解散

成城学園前駅―成城大學―東宝スタジオー国分寺崖線―

喜多見不動堂―神明みつ池―旧山田家住宅―猪俣庭園―

成城学園前駅

成城大学正門

成城大学正門

駅前にて会長挨拶

駅前にて会長挨拶

成城大學校内

成城大學校内

 

 

 

 

 

 

国分寺崖線を下る

国分寺崖線を下る

喜多見不動堂

喜多見不動堂

旧山田家住宅

旧山田家住宅

 

 

 

 

 

 

猪俣庭園

猪俣庭園

東宝スタジオ前

東宝スタジオ前

世田谷区教育委員会後援・講演会のご報告

2017年7月29日

当日は、79名(うち一般の方7名)の方が参加されて、開催されましたのでご報告します。

日 時 平成29年7月12日(水)  午後1時30分~3時30分

会 場 三茶しゃれなあどホール  オリオン(5階)

(世田谷区民会館別館) 太子堂2-16-7 TEL3411-6636

講 師 今野慶信氏(新宿歴史博物館・学芸員)

演 題 中世江戸氏について

(講演要旨)

江戸時代初期、世田谷区喜多見に陣屋を構えた喜多見氏は、中世武蔵国の有力武士団 秩父平氏一族である江戸氏の末裔と言われている。

喜多見氏は、戦国時代から世田谷吉良氏の家臣「江戸氏」として登場してくるが、今回はその前段階である平安時代末期から鎌倉時代における鎌倉御家人としての動向と、多摩川下流域に活動を拡げていく南北朝時代における動向を中心にお話しを頂戴した。

平家物語長門本・義経物語巻三・太平記西源院本など参考資料も多く、江戸氏について知識を深めることができた。

 

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世田谷区後援 バス見学会「佐野市、足利市、太田市方面を巡る」のご報告

2017年7月18日

  バス見学会の実施状況

「佐野市、足利市、太田市方面を巡る」

平成29年6月15日に実施したバス見学会について、下記の通り報告します。

当日、合計57名(うち一般11名)の参加をいただきました。

コース  佐野厄除け大師~足利学校(日本最古の学校)~鑁阿寺

~めん割烹・なか川(昼食・相田みつお=詩人・書家=ゆかりの店)~大光院ほか

_MG_0395② _MG_0403②  04佐野厄除け大師(田中正造翁の墓)

佐野厄除け大師東照宮 厄除け大師    厄除け大師田中正造墓

 

_MG_0419②  _MG_0427②  10足利学校跡(入徳門)

鑁阿寺太鼓橋と山門  鑁阿寺本堂正面    足利学校入德門

 

13足利学校跡(孔子廟)孔子像  _MG_0445②  19佐野・第一酒造

足利学校孔子座像     大光院      第一酒造

総会と世田谷区教育委員会後援講演会のご報告 

2017年5月19日

総会と世田谷区教育委員会後援の講演会のご報告をいたします

総会 平成29年5月19日(金)午後1時30分~2時00分

世田谷区太子堂2-16-7 TEL3411-6636

三茶しゃれなあどホール  (世田谷区民会館別館)  オリオン(5階)において会員46名が参加して総会が開かれました。

総会に引き続き午後2時30分~13時30分

高嶋修一氏(青山学院大学経済学部教授)により

土地整理がもたらした現代社会」と題して下記趣旨の講演会は46名の参加があって開かれました。

講演要旨

両大戦間期の都市化においては、鉄道会社による開発の重要性がよく強調される。しかし近郊農村は無人の荒野だったわけではなく、そこには在来の地域社会秩序と人々の暮らしがあった。そして人々は鉄道会社の進出を拱手して見ていた訳ではなく、自らも開発利益を得ようと積極的な動きをみせた。その手段が、土地整理(耕地整理/土地区画整理)だったのである。

土地整理の結果、在来の人々が農業を止めて貸家経営を行うようになったり、整理後の土地にサラリーマンなど「新中産階級」と呼ばれた人々が流入したりしてくれば、従来の社会秩序は変容を余儀なくされる。それは明治期に形成された「近代社会」から、「現代社会」への変化とも総括され得るものであり、土地整理は近郊農村にとって重要な歴史的意義をもつ出来事であった。

今回は、とりわけ世田谷区域で行われた玉川全円耕地整理事業に注目し、事業がいかなる意味で地域社会を「現代」化させたのかを論じることとする。

資料代   会員500円 、一般700円

当日の様子

会長挨拶の様子

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熱心に講演をする高嶋修一講師

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会場の様子

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